【ダージリン近年の振り返り】5年前のダージリン地方でのストライキは地域紛争が原因

紅茶の文化

こんばんは。紅茶ホビットです。

本日をもって緊急事態宣言が解除され、蔓延防止策へ切り替わります。

現状の政策では商業施設が営業時間を変更、通常へ移行するくらいで、生活の流れは変化はあまりないですね。

人の出入りは気にしようがしまいが、出る時は出るし要がなけりゃ家にいます。

欲求不満はとうに抑えられずに何事もなかったように生活する方が通常なんですよ。

マスク外す人もちらほら出てきていますしね。

インド株のコロナウイルスが流行しているようですが、今のところ紅茶の入荷に関しては遅れの情報はないですね。

今回入ってこないということはコロナが流行りだしてからギリギリないですが、ダージリンがほとんど入ってこなくなる事態がちょうど5年前にあったのを覚えていますでしょうか。

「ダージリンがストライキを起こして茶葉が入ってこなくなった」

春から夏にかけて大々的なストライキが起きましたが、当初はそんなに長期化するとは、だれもが予想だにしませんでした。

このとき何故ストライキが起きたかというと、ダージリン地方はウェストベンガル州に属していますが、その州政府よりベンガル語の必修が宣言されたことが発端です。

もともとこの辺りは、過去ネパールだったことや、ネパールの移民が多いこともあり、ネパール語も少数ですが話されているようなんですね。

経済活動や政治活動においてはベンガル人主導により社会が回っていたので、このベンガル語必修はダージリンの人々を反発へと向かわせることになったんです。

ネパール移民のこの地域に住む人々はインド人として扱いはなく、1980年代からこのウェストベンガル州より独立した州の立ち上げに人民解放戦線を敷いていたんです。

なのでこれを中心としてダージリン全体がストライキにより機能しなくなり、茶農園も製造をしなくなったということなんです。

半年近く茶農園は放置され続けなんの解決もされることはなかったのですが、農園のスタッフたちがあれ行く茶畑を放っておくことはできないと手を入れ始めたことで、農園は次第に再開していったんです。

表面上はボーナス支給でストライキを決着させたことになっていますが、これも結局はうやむやなままみたいなんですね。

場所や時期が変わっても政府のすることなんてどこも同じようなことしかしないんですね。

実際のところ農園の良心が今の品質高いダージリン紅茶を生産しているのは間違いないですね。

地域紛争の根本原因が解決されたわけではないので、平和な状況が続くことを切に祈っています。

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